2009年5月3日日曜日

郷原信郎『「法令遵守」が日本を滅ぼす』新潮新書、『思考停止社会』講談社現代新書

小児的正義が横行しているように思える。

一点だけから正しさを考えない小児的正義は、昔はいわゆる進歩派・左翼に多かったようにも思えるのだが、現在は保守派・管理職に多いのではないか。私からすれば保守派や管理職の美徳とは、清濁併せ呑む度量の大きさであり、総合的に事を運べる器量であるように思えるのだが、ここ5年、10年、保守派や管理職がどんどんと狭量な形式的ルール管理ばかりに邁進しているように思える。「法令遵守」が錦の御旗になり、誰も異議を唱えられなくなるばかりか、「法令遵守」違反があったとされた瞬間、マスコミがスクラムを組むようにしてバッシングを始めるようになったからかもしれない。

例えば職場からの情報漏洩が問題になる(たしかにこれは由々しき問題だ)。すると一律に職場でのUSB使用が禁止される。しかしすべての仕事が同じ情報漏洩リスクをかかえているわけではない。仕事によってはUSB使用がまったく問題ないものもあれば、その積極的使用が望ましいものもあろう。気をつけなければならない情報の中でも、暗号化といったセキュリティ対策を施したUSBでリスク管理できるものもあるだろう。しかしそういった判断は一切やめて一律にUSBは禁止となる。

加えてワーク・ライフ・バランスの観点から「ノー残業デー」が設定されたりもする(ワーク・ライフ・バランスは確かに日本社会が非常に必要としているものだ)。とはいえ、仕事量はいっこうに減らない。残業してはならないと職場から追い出されても、仕事は残る。いきおい家庭に仕事を持ち帰ることになる。

こういったこともあり、職場でのUSB使用はなかなか止まない。ここで管理職がなすべきことは、こういった現状を分析的に理解し、問題の構造的な解決をはかることである。だが実際にしばしば行われることは、「USBを使ってはならない」という規則を繰り返し述べることである。職場の構成員に「私はUSBを使っていません」という自己申告書を書かせる。こうすれば問題が起こっても管理職の責任にはならない。トカゲの尻尾切りをすればいいだけだからだ。

これだけでも十分に腹立たしいのだが、ひどい職場になると「誰か他の人がUSBを使っているのを見たことがありますか。見たことがあれば正直に申告してください」といった「調査」を行う(要は「五人組」だ)。そこで誰かの名前があがろうものなら、名前があがった者は処罰の対象になる。職場は疑心暗鬼になり、相互信頼関係はずたずたになる。だがその調査で法令遵守違反者を摘発した管理職は優秀な管理職としてますます権力を得る。

かくして多くの者が思考停止に陥る。「はいはい、規則に従えばいいんでしょう。その代わり仕事がはかどらなくなっても知りませんからね。仕事はきちんとやりたいけど、処罰されてはたまったもんじゃない」と現場はやる気と実行力を失う。本来大切にされるべき仕事がないがしろにされ、瑣末な規則遵守とそれを証明する書類仕事ばかりがなされるようになる。「とにかく規則は守りなさい。守りなさいと言っているのに守らないとは何事ですか」と管理職は小児化する。大局観をもつべき管理職が思考放棄こそが自らの仕事だと思い込む。

もとより規則や法令があること自体が悪いわけではない。複雑な現象を適切にコントロールするためには規則や法令が必要だ。だがその規則や法令は、現実に即し、その遵守が社会全体の利益に適うものである必要がある。一面的な正義だったり、形骸化してしまっている規則や法令は、機械的に遵守を強要される時、社会全体の利益からすれば逆効果になる場合もある。規則や法令は、それについての思考や判断を拒否する最高審判であるわけではない。規則や法令は、過去の日本のように「建て前」として必ずしもその遵守を求めない社会でなく、その遵守を求める社会においては、常に批判的に吟味され、適切に改正、精緻化あるいは単純化されなければならない。その批判的思考、創造的判断を怠る者、いやそれができない者が小児である。そして現代日本では小児が保守を名乗り、管理職となっているかもしれないという私の懸念は冒頭に述べたとおりだ。

時代の流行語は常に暴走する可能性を秘める(「説明責任」もそうではないかというのが私の懸念だ)。実際、「法令遵守」という言葉は暴走し、日本社会の利益に反する動きを始めているのではないかというのが、東京地検特捜部などを経て、現在「コンプライアンス」(=「組織が社会的要請に適応すること」)に関して各種の専門的な仕事をしている著者、郷原信郎氏の主張だ。

私は『思考停止社会』の方を先に読んだが、各論的なこの本よりも、総論的な『「法令遵守」が日本を滅ぼす』の方を先に読んだ方がわかりやすいかもしれない。

「法令遵守」を金科玉条として、結局は自分の出世と保身のことしか考えていない小児に日本をめちゃくちゃにされることを防ぐためにも是非、規則・法令のあり方について考えるべきではないか。

⇒『「法令遵守」が日本を滅ぼす』


⇒『思考停止社会』




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