2009年8月16日日曜日

杉原厚吉 『理科系のための英文作法』(1994年、中公新書)

[この記事は『英語教育ニュース』に掲載したものです。『英語教育ニュース』編集部との合意のもとに、私のこのブログでもこの記事は公開します。]




英語の先生というのは、存外に不親切である。「きちんとした英語の文章を書くにはどうしたらいいのでしょう」と学習者が尋ねると、「多くの文例に接して、英語らしい文章というものを肌で感じ取れるようになるがよい」という精神論に下駄を預けることが多い (4ページ)。

だが世間の人間は、英語教師ほどに暇ではない。英語教師なら、英語を学ぶことが商売みたいなものだから一日中英語を読んでいればいいのかもしれない。だが、理系にそんな暇はない。教師ならば、学びの王道を筋道立てて教えるべきだろう。

本書は、「英語の不自然さを、身体で感じる代わりに、形式的基準に基づいて論理的に判断する方法と、それを利用してできるだけ自然な流れをもった文章を作る技術」(165ページ)を明らかにした本である。

著者は東京大学で教鞭をとる数理工学者 (2009年4月から明治大学)。自らの仕事を「理論の中から役に立つ部分をすくい取ること、および、役に立つ理論を作ること」と称し、この本では「この工学的態度を、そっくりそのまま英作文の世界へ持ち込んだ」(168ページ)と言う。依拠する理論は、ハーバード大学の久野の談話文法と、コンピュータに自然言語解析をさせる計算機科学。英作文の初心者を対象に、美文や文学的表現は目指さず、「道の中央を歩く方法を『原則』として示し、なるべくそれからはずれない歩き方」(11ページ)を、誰にでもわかるように示す。


誰にもわかるような示し方は、本書の構成と展開に端的に表れている。

構成は、導入の第1章を経て、ディスコース・マーカー(「話の道標」)としての接続詞・副詞を扱う第2章、文の階層構造の明示化を教える第3章、Hornbyの『オックスフォード現代英英辞典』を使いながら「安全第一」で動詞の使い分けることを教える第4章、情報の新旧と語順の関係を原則化する第5章、言語表現における視点の一貫性を説く第6章からなる。読み終えると、これほど役に立ち、またこれほど簡単な原則が、なぜ通常の学校英語教育では教えられていないのかが悔しいぐらいだ。

展開は、英文作成の原則を仮説の形で提示し、議論を積み重ねてゆくものだ。ゆっくりと論を追ってゆけば必ず納得できるように議論が展開される。これはたしかに理系の作法だ。


読者層は英作文の初心者と先に述べたが、どうしてどうして、この本の内容は深い。

例えば、


日本の経済の予測

あるいは

物体座標系とカメラ座標系間の関係

といった表現の曖昧性、およびその解消法を私たちは的確に説明できるだろうか。

英語だったら

pattern recognition of characters
recognition of character patterns


の違いが上と類例だし、さらには

Hoffmann was visited by Mary.
Hoffmann was visited by his student.

は問題ないが、

*Mary's professor was visited by Mary.

が奇異に感じられることを、私たちはうまく説明できるだろうか。

本書はこういった具体例も極めて明快に解説している。

また、日本語の例文が上に出てきたことからもわかるように、読者は本書の読解を通じて、日本語においても理路整然としてわかりやすい文章を書くことができるようになる。78ページの説明を読めば、いかに現行の学習指導要領が、悪文であるかもわかるだろう。

総じて言うなら、英語、日本語を問わず、明晰な文章を書く必要に迫られている人間や、言語教育に携わる人間は、読んで益するところの多い良書と言えよう。著者の日本語も明晰で模範的なので、高校生や大学生向けの教科書としても使える。

この本を理系だけの専有物にするのはあまりにももったいない。




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