2017年4月17日月曜日

Difference Engineの解説記事



以下は、学部4年生用の授業「現代社会の英語使用」の題材の一つとして使う英文を読むための補助資料です。以下をまず読んでから英文を読むと理解が容易になるかと思います。ただ、正確な翻訳・抄訳ではありませんのでご注意ください。

題材は、現時点では誰でも自由に読めるインターネット上の記事です。ただしアクセス回数に制限がありますので気をつけて下さい。


 ■の次にある数字は、受講者にBb9で配布する資料の行番号です。受講者の参照の便のためにつけました。


Difference Engine: Luddite legacy
The Economist, Nov 4th 2011 by N.V.


以下のパブリックコメントでも書きましたが、これからの(英語)教育は、AIの台頭を考えておかねばなりません。おそらくは近い将来にスマホによって代替できるような定型的な「英会話」能力ばかりを目指しているようではいけないと私は考えています。


中学校指導要領(外国語)についてもパブリックコメントを提出しました


皆さんも以下の記事を読んで、これからの社会と教育のあり方について考えてください(というより考える習慣・考え続ける習慣・考え抜く習慣を大学時代に身につけておいてください)


■ 2
Difference engineとは「階差機関」もしくは「差分機関」と翻訳されている、歴史上の機械式用途固定計算機。現在のコンピュータの前身ともいえる。


Ludditeはいわゆる「ラッダイト運動」のこと。世界史上の常識ですから、今一度確認して下さい。マルクスの批判にも注意。英語教育はビジネスや資本主義のあり方に大きく左右される営みだから、経済や世界史についてはきちんと理解しておこう。


■ 7-9
「ロボットは組合費を払えないだろう」と労働組合の長に言い放ったヘンリー・フォードに対して、労働組合長が「誰がフォードの車を買うんだい?」と言い返したという(真偽不明の)エピソードは、企業が発展するには、その企業の商品を買うだけの購買力をもつ人々(中間層)が必要だということを示している。


■ 11-15
生産性の向上に伴い商品を購入できる消費者の数も増えなければならない、ということをヘンリー・フォードはよく理解しており、彼は自社の従業員にその当時としてはかなり高給を支払った。


■ 22-24
経済学者は上記のエピソードを、オートメーションやイノベーションといったテクノロジーの進展が生産性を上げ、生産性の向上が物価を下げ、需要と雇用を増やし、経済が発展する古典的な例だと考えている。


■ 24-27
上記の経済学者の認識は、ラッダイト運動(の失敗)以来、経済学の「常識」となっている。


■ 29-31
ラッダイト運動の頃、たしかに失業者は出たが、もしラッダイト運動の主張が正しいとしたら、現在の私たちはすべて職を失っているはずである。だが、現実には職がある以上、経済学者の「常識」は正しいと思われる(少なくともこれまでは)。


■ 35-37
「しかしもしテクノロジーの進歩がこれまでになく速くなっている現在、なぜアメリカでは失業者の割合はこれほどに高いのだろうか?実際、景気は悪くないのに、失業者が減らないのはなぜだろうか?」というのが、このエッセイの中心的な問いとなる。この記事は、リーマンショックからの回復が見られた2011年に書かれている。その後アメリカでは2017年から労働者の鬱憤を代弁する(ように少なくとも見せている)トランプ氏が大統領に就任したことからしても、労働者の苦境は引き続き続いている。

「景気は回復したのに、雇用が増えない」、「収入の平均値は上がっているのに、中央値は上がっていない」ということについては、下の記事を参照。

井上智洋 (2016) 『人工知能と経済の未来』 (文春新書)


■ 48-50
このアメリカの労働者の苦境に対する従来の説明は、現在の経済の成長率は十分に高くないというものである。


■ 55-56
この従来の説明には一面の真理があるが、その説明は、テクノロジストが懸念してきたが経済学者が取り上げようとしなかった重大な変化を見逃している。


■ 57-61
経済学者が認めたがらない重大な変化とは、雇用が増えないのはテクノロジーの進歩が十分ではないからではなく、むしろ逆にテクノロジーの進歩が急激にそして不可逆的に高速化したからというものだ。コンピュータによるオートメーション、ネットワーク、AIなどは社会に決定的な変化を与えた。特にAIは、機械学習、言語翻訳、言語認識、パターン認識、などによりこれまで人間がやってきた仕事を時代遅れのものにしている。


■ 63-67
これは産業革命以来の、機械が人間の筋肉労働にとって代わることにより仕事がなくなったが、同時に人間が新たな仕事を生み出してきた歴史とは異なる。今やオートメーションは、定型的な仕事(ルーティーン)だけでなく知性を必要とする課題、あるいは創造的な課題にまで及ぼうとしている。分岐点 (a tipping point) 越えが既に起こり、これまで頭脳労働によってそれなりの収入を得てきた中間層が広い「草刈り場」 (swath)  となったのかもしれない。


■ 69-72
企業からすれば、AIソフトが安くなったので、高い賃金を人間に払いたくないだろう。


■ 74-77
100年前には農業労働者の割合は労働人口の約半分だったがそれが現在は2%強にまで減っている。これと同じことがホワイトカラーの労働者に起きようとしているのかもしれない。


■ 81-83
メディア学者の一人は、イノベーションが起こりこれまで以上に高い教育がなされたとしても、ホワイトカラーの仕事が新たに創生されるということはないだろうと述べている(つまり、上記の経済学の「常識」が通用しなくなるということだ)。


■ 85-89
「ラッダイト運動は間違いだった」という考えには二つの前提がある。一つは、機械は生産性向上のために労働者によって使われるということ、もう一つは、労働者の多くは機械を操作できるということである。しかし、機械そのものが賢く (smart) になり、機械自身が労働者となったらどうなるだろう。言い換えるなら、資本が労働となったらどうなるだろう(注)。

(注) 従来は、資本(剰余金)をもつ資本家は、労働力をもたないので、資本を投入して設備を購入し労働者を雇用して生産をすることにより、さらにその資本を増やすという枠組みで資本主義が動いていた。しかし、資本家が人間の労働者を雇わずに済むとしたら、資本家は労働者として働く賢い機械を買うだけで自らの資本をさらに増やすことができる。

資本主義については以下の記事を参照。

マルクス商品論(『資本論』第一巻第一章)のまとめ

モイシェ・ポストン著、白井聡/野尻英一監訳(2012/1993)『時間・労働・支配 ― マルクス理論の新地平』筑摩書房

池上彰『高校生からわかる「資本論」』集英社

組曲『マルクス経済学』(笑)

ジョン・ホロウェイ著、大窪一志・四茂野修訳 『権力を取らずに世界を変える』 同時代社


■ 97-101
AIによって取って代わられるのはホワイトカラーの知識労働者と中間管理職だけではない。データ分析、ビジネス情報分析、意思決定を行うAIソフトが人間の労働力よりも安く購入できれば、いわゆる専門職 (professional) も仕事を失うだろう。


■ 103-104
一例として放射線科医を挙げることができる。現在は長年の大学教育を経てそれなりの高給を得ている放射線科医はもうすぐAIに仕事を取って代わられるだろう。


■ 109-110
法律家も同じように、判例を検索し事件の評価をして結果を要約する賢いアルゴリズム(AI)に仕事を取って代わられるかもしれない。


■ 116-119
もちろん機械が増えれば、機械の維持などの仕事も新たに出てくるだろう。だがそういった仕事もすぐに安い労働力をもつ国々の労働者に取って代わられるか(オフショアリング)、機械の維持を行う機械によって取って代わられるだろう。


■ 122-125
もしテクノロジーが指数関数的に向上するのだとしたら、ラッダイト運動が間違っていたのは、テクノロジー発展が比較的平坦な上昇しか示していなかった時期の時なのかもしれない。だが産業革命から200年余りたち、テクノロジー発展が指数関数的上昇の急勾配の時期に来ているとしたらどうなのだろう。


■ 129-133
ある推計によると40%近くの仕事はやがてコンピュータ上のソフトウェアに取って代わられるとのこと。10年以内のうちにそれらの仕事の多くが消え去るだろうとも言われている。


■ 143-1449
それほど悲観的な見解をとっていない者もいる。機械に対抗して (against) 働くのではなく、機械と共に (with) 働けば、AIの発展は脅威ではなく好機であるというのがその意見である。その例としてAmazonやeBayでの仕事が挙げられている。


■ 155-156
やはりラッダイト運動は現代においても間違っているのかもしれない。だがこれからの仕事が、これまでと同じような形(例えばフルタイム雇用)で続くかどうかはわからない。


■ 156-159
人間を人間たらしめている能力、つまり想像力、感性、創造性、適応力、即興力などによって、私たちは直感を得るし自発的な行為をすることができる。これらの能力は、機械にはなかなかもてないものだ。


■ 162-165
たしかにいくつもの仕事が機械に取って代わられるだろうが、機械は人間の能力を増大化するものである。もし新しい「人間と機械のパートナーシップ」が、人々に経済的報酬だけでなく、仕事の尊厳も与えてくれればすばらしいことになるだろう。ともあれ、一つだけ確かなことは、世界はこれまでとは違ったものになるということだ。




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