2017年11月1日水曜日

Hayden White (1980) The Value of Narrativity in the Representation of Realityの抄訳





この記事は以下の論文の抄訳です。


Hayden White
The Value of Narrativity in the Representation of Reality
(実在性の表象における語ることの価値)

In W.J.T. Mitchell (ed) (1980) On Narrative. The University of Chicago Press. (pp.1-23)



この論文は、Bruner Actual Minds, Possible Worldsの第二章Two modes of thoughtで重要な文献として言及され、同じく彼のActs of Meaningでの物語論の基礎の一部となったと考えられるものですので、自分自身のための「お勉強」としてその一部を翻訳してみました。ページ番号は原著のページ番号を指しています。※は私の蛇足コメントです。

翻訳を示す前に内容について簡単に書いておきますと、これは歴史記述における語りの重要性について書いたものです。歴史というのは、時に異なる歴史記述が人々の間に激しい議論を引き起こすことからもわかるように、人々に社会や人間の義について考えさせる基盤となるものです。歴史の記述は科学的記述と違って一義的で決定的な記述がなく、その語りの題材選択や語りの順番などの語り方によって記述はさまざまに異なります。だからといってどんな歴史の記述でもよいというわけではなく、人々はより妥当な歴史記述を求め続けます。それは歴史という語りこそが、私たちの社会、守るべき規範、大切にするべき人道性がいかに守られそしていかに踏みにじられたかを示すからではないでしょうか。歴史は私たちの社会、私たちの人生の意味を示します。そして意味は、科学の作法ではなく、語りの作法でなければ十全に示されないというのが、ブルーナーやアレントが言うことでもあります。

私は言語教育にたずさわる者でありますが、来年の夏にClassroom Research Revisited: Who are the practitioners?というテーマ(仮題)でのセミナーで90分の英語講演をさせていただくことにもなりましたので、今、少しずつではありますが語り (narrative) や話 (story) といったいわゆる物語論をまとめています。実践研究(実践を支援するための研究および実践者による研究)には語りが必要という主張をし、それはなぜなのかを論証しようと思っています。以下には、年代記、編年史、歴史という三種類の歴史記述が区別されていますが、この区別は、実践者の振り返り (reflection) のあり方を考えるためにも有効な区別ではないかとも今のところ考えています。

ともあれ以下が拙訳です。いつものようにおかしなところがあればご指摘いただけたら幸いです。



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■ 語りは汎文化的で人間の性質に基づく

語りの性質に関して問いをたてるということは、文化の性質そのものについて、あるいは人間らしさ (humanity) 自体についての省察を促すことである。語ろうとする衝動は非常に自然なものなので、実際に起こったことについて報告する際に語りの形式 (the form of narrative) を使うことは必然的である。ゆえに、語るということ (narrativity) が問題である (problematic) ように思えるのは、語りが欠如している文化においてのみのことである。いや、欠如というよりも、現代西洋の知的・芸術的文化の一部でそうであるように、体系的に拒否 (progmmatically refused) されている文化のみであると言うべきだろう。(p.1)

※ 現代の日本語圏でも英語圏で「主流」 (mainstream) と呼ばれている言語教育研究も、語りを拒否しているが、これは人間を考える上ではおかしな限定であることを私もきちんと示したい。



■ 語りを拒否することは、意味自体を拒否すること
 
このことから言えるのは、語りは、経験に意味を付与する (endowing experience with meaning) ために文化が活用できる多くの行動規範 (code) の一つであるというのではないということだ。語りはさまざまな行動規範の上に存在する行動規範 (a metacode) であり、人間にとっての普遍性である。語りという基盤があるからこそ、人々の間で共有された実在性の性質について文化を超えた伝達が可能になっている。バルトが言うように、語りは、私たちの世界経験 (our experience of the world) とその経験を言語で記述しようとする努力の間から生じるものであり、「物語られた出来事の単純なコピーを絶え間なく意味に変換して伝える」 (ceaselessly substitutes meaning for the straightforward copy of the events recounted) のである。この考え方に従うなら、語りの欠如もしくは語りの拒否とは、意味自体の欠如もしくは拒否である。 (p.2)

※ 実際、大きく異なる文化の間でも、科学のように特に訓練を受けることなしに語りが(翻訳を通じて)理解されるということは驚くべきことかもしれない。

※ アレントの「物語を語ることによって、私たちは意味を定義するという過ちを犯さずに意味を明らかにすることができる」ということばも思い出したい。

関連記事:アレント『暗い時代の人々』より -- 特に人格や意味や物語について--




■ 年代記、編年史、歴史という三種類の歴史表象

幸運なことに、歴史的実在性 (historical reality) の表象 (representations) で語りの形式を有しないもの (non-narrative in form) の例はたくさんある。実際のところ、現代の歴史学の制度が公に認めているのは、歴史表象 (historical representation) の基本種には三種類あり、そのうちの二つは、取り扱う出来事を十分に語ること (full narrativity) ができていないがゆえに「歴史性」 (historicality) が不完全であることが実証されている (evidenced) ということである。これら三つの種類とは、年代記 (the annals)、編年史 (the chronicle)、そして厳密な意味での歴史 (the history proper)である。 (p.5)

※ この論文で示されている年代記の例は、年号が一年ごとに行の左端に書かれ、もし何か出来事があればその右にその出来事が書かれ、特になければその右は空白のままであるような記述。




■ 年代記では語りの要素が欠落し、編年史は語ることを目指しているものの結びがない

年代記の形式では、言うまでもなくこの語りの要素 (component) が完全に欠落しており、編年体の順番 (chronological sequence) で並べられた出来事のリストでしかない。それに対して編年史は、話を語る (tell a story) ことを願っているようにも見え、語ることを目指していることもしばしばであるが、ほとんどの場合その試みに失敗している。もっと具体的に述べるなら、編年史の特徴とは、語りの結び (narrative closure) がないことである。編年史は結論に至る (conclude) というより、単に終わってしまう (terminate)。編年史では話を語り始めるが、物事の中途で (in medias res) 頓挫し編年史家の現在へと至る。物事を未解決 (unresolved) のままにしてしまう。いや、話に似たような形で物事を未解決のままにしてしまうと言うべきだろう。年代記は歴史的実在性をあたかも実在した出来事は話の形式を取らない (not display the form of story) ように提示するが、編年史は歴史的実在性をあたかも実在した出来事は未完成の (unfinished stories) として人間の意識に到来したかのように表象する。 (p.5)

※ ここでの編年史は特に結びがないままにただ記述が終わってしまう歴史記述を指している。




■ 話の形式がなければ厳密な意味での歴史とはいえない

歴史学が公に認めることは、歴史家が出来事を報告するのにどれだけ客観的 (objective) であっても、証拠を査定する判断がどれだけ優れて (judicious) いても、行われた事 (res gestae) がいつ行われたかについてどれだけ細か (punctilious) であっても、もしその歴史家が実在性に話の形式を与えることができなかったら、その歴史家の解明 (account) は、厳密な歴史とはいえないということである。(pp.5-6)

※ 歴史記述に語りの要素がなければ、たとえその記述の中のデータが正確であったりしても優れた歴史ではないというのは、言語教育でもよくよく考えるべきことではないか(同時に、なぜそうなのかということを丁寧に考えなければならないが)。




■ 年代記は人の行為の世界ではなく、人に何が降り掛かった世界を記録する

[年代記には]いたるところに混乱を生み出す力 (the forces of disorder) がある。それは自然によるものであったり人間によるものであったりするが、いずれにせよ暴力と破壊の力であり、それに私たちの注意が向けられる。年代記の解明は「 (qualities) を扱うが行為者 (agents) は扱わずに、人々が何かを行う (do) 世界ではなく、人々に対して物事が降りかかる (happen) 世界を形作ってゆく。 (p.10)

※ 年代記のような記述しかしない教師の実践記録はないだろうか(そしてその形式は時に上から命じられた形式ではないだろうか)。





■ 年代記での隠れた行為主は神である

[年代記では]起こったことはすべて神の意思 (the divine will) に従って起こったのだから、起こったことを単に、「神が運行する年」 (year of the Lord) の箇所に適切に記録するだけで十分だと考えられている。 (p.13)




■ 守られるべき法、大切にされるべき合法性、一般化するなら社会システムという畏敬の対象があってこそ、それらにまつわる出来事が歴史として記述される

そうなると一般的に語りというものは、民話から小説にいたるまで、あるいは年代記から十分に練り上げられた「歴史」 (fully realized “history”) にいたるまで、法 (law)、合法性 (legality)、もしくはもっと一般化するなら畏敬の対象 (authority) という話題に関係しているのではないかという疑問が生じる。実際、歴史的表象の進化において年代記の形式に続く段階、すなわち編年史のことを考えてみるとこの疑問の正しさが裏づけられる。歴史学のいかなる形式においても、歴史における書き手の自意識が高まれば高まるほど、書き手は社会システム (the social system) は何でありそれを支える法とは何かという問い、その法の畏敬性 (authority) とその正当化 (justification) 、そしてその法を脅かすもの、に対して注意を払うようになる。もしヘーゲルが示しているように、具体的に法で守られる者 (legal subject) を構成 (constitute) する法体系 (a system of law) の前提 (presupposition) がなければ、人間存在という独自の様式 (a distinct mode of human existence) は考えられないのならば、歴史的自己意識 (historical self-consciousness)、すなわち実在性を歴史として表象する必要性を想像することができる意識とは、法、合法性などなどとの関連においてのみ構想することができる (conceivable) のである。 (p.13)

※ このあたりはヘーゲルの歴史哲学も踏まえた議論で、きちんと考えるべきこと。 “Authority”を「権威」と訳してしまうととても(文字通り)権威主義的な議論に聞こえてしまうと判断し、ここでは「畏敬の対象」「畏敬性」という訳語を使った。守られるべきもの・大切にされるべきもの・畏敬すべきもの、あるいはそれらを生み出す社会システムがあるからこそ、それらを促進したり破壊したりする出来事が歴史として記述されるという論法は説得力があるように思える。




■ 歴史の語りは教訓や意義を与え出来事を人道化する

十分に練り上げられた話というよく見かけるが概念的にはとらえがたい対象 (that familiar but conceptually elusive entity) をどのように定義しようとも、そういった話がもし一種の寓話 (allegory) であり、教訓 (a moral) に向かうものであり、実在のものであろうが想像上のものであろうが出来事に対して、単なる事の順序 (a mere sequence) がもちえない意義 (a significance) を与えているのであれば、どの歴史の語りも、それが扱う出来事を人道化 (moralize) することが、潜在的もしくは顕在的 (latent or manifest) な目的であると結論することも可能であろう。 (pp.13-14)

“Moralize”には「道徳化」という訳語も考えられるが、これも権威主義的に聞こえてしまうし、何より昨今の小学校における道徳の教科化をめぐるきわめて国家主義的というか一面的な語り方は「道徳」ということばに特殊な含意を与えてしまったと個人的には考えているので、ここでは「道徳」といった訳語の使用を控えた。




■ 語るということは実在性を人道化しようとすることである

そうなると、語るということは、事実に基づいた話の運び (storytelling) はもちろんのことおそらくは創作における話の運びも、実在性を人道化しようとする衝動 (impulse) の関数でこそはないにせよ (if not a function of)、その衝動に密接に関係しているのかもしれない。ここでいう、実在性を人道化するとは、実在性を私たちが想像できるすべての人道性 (morality) の源である社会システムと同一視する (identify) ということである。  (p.14)

※ 私たちにとっての実在性 (reality) は、実は人の道にそったものとして成立するという議論も説得力があるように思える。もちろん人道に反した出来事の実在性は、その反人道性がゆえに実在性をもつ。

 “Reality” を「実在性」と訳すことについては下の記事の木村敏先生の語法に関する説明を参照のこと。
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html




■ 編年史には一連の出来事の意味を総括する結びがない

言説 (a discourse) の意味を組織する原理 (organizing principle) のもっとも中心的なものして働き、実在的 (realistic) でもあり構造的には語り (narrative) でもあるような存在の性質をもつことが、編年史として知られている歴史表象の様式には必要となってくる。歴史の書物を書く歴史家が同意していることは、編年史の形式は、歴史的概念化 (historical conceptualization) としても「高次」 (higher) の形式であり、年代記の形式よりも優れた歴史学的表象を提示するということである。編年史の優位性は、より広汎な包括性 (comprehensiveness)、「話題別、治世別」 (by topics and reigns) に題材を組織すること、語りとしての連動性 (coherency) からなるということについても歴史家は同意している。編年史には主題 (a central subject) もあるが、これは個人であったり町であったり地域であったり、戦争や改革運動 (crusade) といった大きな企てであったり、君主制や主教制や男子修道会といったある制度 (institution) であったりする。編年史が年代記とつながっているのは、言説を組織する際に編年体で行うこととみなされているが、この理由によって編年史は十分に練り上げられた「歴史」とはなりえないと言われている。さらに編年史は、年代記と同じように「結論にいたる」というよりはただたんに終わるだけであり、この点で歴史と異なる。典型的な編年史には結び (closure) 、つまり、扱った一連の出来事の「意味」 (meaning) を総括 (summing up) すること、が欠けている。しかし意味の総括は、私たちがよくできた話から普通に期待するものである。 (pp.15-16)

※ 話を結ぶとは、話された一連の出来事の意味を総括するということ、という規定にも私は説得力を感じる。言い換えれば “So what?” に答えることともなろうか。(関西人の多くは「で、オチは?」というがそれはそれとして 笑)。




■ 複数の語り方の競合がないならば、わざわざ語る必要はない

畏敬の対象という問題は、[編年史を書いた]Richerusのテクストにも存在するが、これはSaint Gallの年代記家によって書かれたテクストには見られないものである。年代記家にとって出来事を語るために畏敬の対象を打ち立てる (claim) 必要はない。なぜなら出来事としての地位 (status) には、実在性の現れ (manifestations) として争われている (contested) 問題などないからである。「争い」 (contest) がないのだから、語りにする (narrativize) ことなどないし、出来事が「自ら語りだす」 (speak themselves) 必要も、あたかも出来事が「自分自身の話を語る」 (tell their own story) ように表象される必要もないからである。年代記家にとって必要なことは気づいたことを順番通りに記録することだけだ。争いがないのだから、語るべき話はない (since there is no contest, there is no story to tell) (p.18)

※ 複数の語り方の間でどちらが妥当かという争いがなければ、語る必要はないという主張にも説得力を感じる。もちろん、語りとはまったく異なる科学規範の様式での論証では、論証法は究極的には一つに収斂する。




■ 複数の語り方があってこそ歴史家は真の解明を目指す

しかし、出来事の解明 (an account) が歴史の解明 (a historical account) としてみなされるには、出来事を元々起こった順番に記録するだけでは不十分である。出来事が、語りの秩序 (an order of narrative) において、編年体の秩序以外でも記録されうるという事実は、出来事の真正性 (authenticity) に疑いをもたらし、出来事が実在性を表す印 (tokens of reality) となっているかについても疑問が生じさせてしまう。「歴史的」とされるには (qualify as)、ある出来事はその生起について少なくとも二つの語り方 (at least two narrations of its occurrence) がなければならない。同じ一連の出来事について少なくとも二つの見解 (versions) が想像されないのであれば、自分が実際に何が起こったのかについての真の解明 (the true account of what really happened) について語る畏敬の対象 (authority) であることを歴史家が求める理由などなくなる。歴史の語りが畏敬の対象となるのは、実在性そのものが畏敬の対象となるからである。歴史の語りは、この実在性に形式を与え、そのことによって実在性を望ましいもの (desirable) とする。その過程において、歴史の語りは話だけが有する形式的な連動性 (the formal coherency) を実在性に課すのだ。 (p.19)

※ 複数の異なる語り方も、ただ声を大きくするのではなく、語りの連動性を大切にすることによって自らの妥当性を示そうとする。ただ、現実の世界では、歴史をめぐっていかに声を大きくするかということばかりが競われているようなのは、嘆かわしいことを通り越して怖いことである。




■ 一連の出来事は、人道的なドラマとしての意義をもつように記述される

こう考えると、歴史において結び (closure) が要求とされること (demand) の理由づけができるかもしれない。編年史の形式には結びがないから語りとして劣っている (deficient) と宣告される (adjudged) が、その結びが要求される理由である。歴史の話に結びが要求されるのは、私の考えでは、人道的な意味 (moral meaning) が要求されるからである。それは、実在の出来事の連なり (sequences of real events) は、人道的なドラマ (moral drama) の要素としての意義 (significance) という観点から査定されなければならないという要求である。 (p.20)

※ 歴史とは人の道が大切にされたり破られたりするドラマとして成立するという考え方にも説得力を感じる。私たちが複数の歴史記述の間に好悪を感じるとき、その好悪は実は、それらの歴史記述が基盤としている人道性の異なるあり方から来ているのかもしれない。




■ 歴史記述をするかしないかは、人道的な基準による

[歴史を書いた]Dinoは語りが十全であるという点で称賛されているのだが、その語りは、彼が実在の出来事のうち記録に値するものと値しないものを区別するのに使った人道的な基準 (the moral standard) を暗黙のうちに使わなかったとしたら達成することはできなかったであろう。その語りに現実に記録された出来事が「実在する」 (real) ように見えるとすれば、それはこれらの出来事が人道的存在 (moral existence) の秩序 (an order) に属している限りのことである。これらの出来事が意味を引き出す (derive meaning) のも、その秩序に位置している (placement) からである。記述された出来事が社会秩序の制度 (the establishment of social order) につながっている、あるいはつながっていないからこそ、これらの出来事は描き出す実在性 (their reality) を証する (attest) 語りとしての位置を得るのである。 (p.22)

※ 人道性を生み出すのは究極的には複数の人間が作り出す社会システム、ということはコミュニケーションである。




■ 歴史学が独自の科学として成熟したのは語りがあるからである

私がこれまで論じてきたことは、語ること (narrativity) 、特に歴史の言説 (historical discourse) が体現している実在性の表象、につけられた価値 (value) についての問いである。私はもっぱら中世の題材 (materials) をもちいることによって、自分の立論(人道化をめざす言説は人道化を目指す判断の目的に適うという立論 (that narrativizing discourse serves the purpose of moralizing judgments) に有利なように自分のカードを積んだと思われるかもしれない。そうしたのかもしれない。しかし、語りとしての十全さ (narrative fullness) を達成できるかできないかによって年代記と編年史と歴史の言説形式を区別しているのは近現代の歴史学者共同体である。その同じ学術的制度はしかしこれから、歴史学がいわゆる客観的学問 (objective discipline) へと変容した (transformed) まさにその時に、歴史学が科学--特殊な科学、しかしながら科学の一種--として成熟した兆候の一つとしてほめたたえられたのは、歴史の言説が語るということ (the narrativity of historical discourse) であったということを、同じ解明法によって解明しなければならない。他ならぬ歴史家こそが、語るということを、しゃべり方 (a manner of speaking) から、実在性自身が「実在的」な (realistic) 意識に示す形式規範 (a paradigm of form) へと変容させたのである。歴史家は語ることを一つの価値 (a value) にした。実在の出来事に関する言説に語りがあることによって客観性 (objectivity) も重大さ (seriousness) も実在論 (realism) も同時に示される。 (p.23)

※ 語りこそが歴史学の客観性や重要性や実在性を示し、歴史学を独自の科学としているという論点は、実践研究を考える点でも大切にしたい。




■ 語りと人道化は不可分

人道化を目指すことなしに語りを紡ごうとすることなどいったいできるのだろうか? (Could we ever narrativize without moralizing?)

※ ことさらに自分が人道的であるとかないとかいう問題ではなく、社会性を重視する動物としての人間にとって、人道的であるあるいは社会的であるというのは、根源的に重要な基盤となっているのかもしれない。



 



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